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黒猫翁の言いたい砲弾

新聞やテレビを賑わしていることについて思ったことを書いていくページです。公開の備忘録?ですかねw

大阪都構想の投票結果を考えてみました

下の表をご覧ください。

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(↑作りこみ悪くてすみません)

 上段は2011年の大阪市長選挙の投票結果です。このときの候補者は、橋下徹氏と当時現職だった平松邦夫市長の2名で、まさに今回と同じようなAかBかという二者択一を問う投票だったといえます。当時の新聞に報道されていた選挙の争点も、「大阪都構想」と「公務員改革」でありましたから、今回の橋下陣営が街宣でまくしたてていた内容とかぶっていますよね。(協定書の賛否を問う投票が公務員の腐敗となんの関係があるんだ?という当然の疑問はとりあえず脇に置いて、橋下氏の16日のラスト演説でもおわかりのように公務員や既得権益者の腐敗撲滅が「大阪都構想」のサイドメニューだったことは事実です。)

 さて2011年の投票結果からすると、いわゆる「大阪都構想プラスα」は圧倒的多数で大阪市民に支持されていた、というのが当時の世論です。20万票以上の差をつけています。


 ところが今回の結果がどうなっているかというと、まず特徴的なことは「棄権票(投票しなかった人達の数)」が相当減っています。その数、なんと12万8千票――前回投票しなかった人のうち、これだけの人数が投票所に出向いたわけです。
 さらに賛成票が5万6千票も減っているのが分かります。つまり、上の表をじっくりと見ると分かりますが、2011年に投票しなかった人々のうち12万8千人が都構想に「反対」の票を入れ、さらに2011年に賛成票を入れていた人のうち5万6千人が反対票に鞍替えしたという構図が見えてきます(合計で18万人)。実際は棄権数の何割かは賛成票を入れ、反対票から賛成票へ鞍替えした人もいたはずですが、そういう細かい話は横に置いて上表を素直に見るとそうなります。

 要するに、今まで投票してなかった人の一部がゴソッと反対票を投じ、前に賛成してた人もかなりの割合で反対票を投じたということです。

 得票数を見るだけでは僅差には違いありませんが、4年前と比べて、「210万人のなかで、なんと一割近い・・・18万人もの人が反対票を増やす方向に舵を切った」というのが事実なのですね。これは驚くべきことだと思います。“僅差”だから橋下氏は善戦した、だから引退する必要はない等と特に維新側からのリーク発言がよく報道されていますが、実際は4年前の大優勢が大きく減退し、ついに同等あるいは劣勢にまで支持を失ったと見るべきでしょう。

 さらに「僅差」という結果について注意点がもう一つあります。それは投票用紙に書かれた記載の心理学的効果のことです。藤井氏の心理実験によれば、使われた投票用紙には「特別区を設置するかどうか」ということしか書かれおらず、肝心の「政令大阪市を廃止」するという記載を追加した用紙を使って投票すると反対票の得票率が賛成票の得票率より5.2%高めに出る、とされています。これを適用した場合、賛成対反対の比が、49.4%対50.4%(票差1万票)だった結果が47%対53%(票差8万4千票)に修正されることになります。これはもはや僅差とはいえないでしょう。いずれにしても今回の投票は実質的に維新側の惨敗です。

 

 大阪都構想の支持がここまで萎んでしまったのはなぜでしょうか?

 理屈としては、2011年から2015年までの4年間の賛成派・反対派の広報活動の結果ということになりますが、結果的に反対派が大量に増加しているということは、要するに賛成派の広報活動より反対派の活動が功を奏したということです。

 賛成派の広報活動が足りなかったというつもりはありません。橋下市長を中心としてこの4年間、(捏造グラフ入りの)HPの整備、(サクラ満載の)タウンミーティングの実施、それから投票告示以降は(肝心の協定書の中身を伏せた)テレビCMや折り込みチラシ、果ては(洗脳ヘッドギアかとツッコミを入れたくなるくらい執拗な)電話攻撃など、広報には相当のお金が使われてきました。[ちなみにその支出元はすべて政党助成金でしょうから皆さんの税金がヘッドギアに使われたということになります。] おまけに区長選挙をめぐっての公明党との取引や菅官房長官をはじめとする内閣への協力要請など――およそ考えつく限りの謀略、もとい集票活動が行われてきたといって過言ではないでしょう。ところが問題にしなければいけないのが「投票の数日前に都構想を理解しているのはたったの47%だった」という事実です。提案者である維新側の4年間にわたる鬼神のごとき広報努力にもかからわず、「理解したのはたったの47%」なのですね。これは反省すべき、というよりも「一体何をやってきたんだ?」と糾弾すべき問題だと思います。4年間延々とイメージ広報しかやってこなかったことの結果ということになるのでしょうか。

 逆に反対派の広報については、藤井氏が「7つの事実」を公開する以前は府・市議会での議論以外、活動らしい活動はされていませんでした。ですが、それ以降は情報提供を主軸に捉えた広報活動を展開することによって、「有権者に正しい事実を伝えた上で投票に臨んでもらおう」という民主主義の王道を地道に進めてきたといえるでしょう。これによって無料バスなどの福祉サービスの低下を知った高齢者層が重い腰を上げて投票所へ足を運ぶようになったことは想像に難くありませんし、また、以前は都構想に賛成していた人達も思い切って反対票に転じるなどの行動をとるようになったのだと思います。


 大阪市における維新の党のコア層の集票数は、前の記事でも推測しましたが、大体50万票くらいです。今回の賛成票は70万票弱ですから、差引20万票くらいがここ数週間の「ハチャメチャなイメージ戦略」でゲットした賛成票だと考えることもできます。しかし得票結果が4年前と比べて5万6千票減っているということは、「イメージ戦略で新たに20万票獲ったが、反対派の活動などによって25万6千票に逃げられた」ことを意味しています。橋下市長と維新側はこの事実を正しく理解しているはずですから、内心ひどいショックを受けているでしょう。

 それにしても、反対派の票の伸び――普通は投票しない層からの票の発掘と賛成派からの切り崩し――ですが、コア層が有権者の4分の1もいる独裁国家のようなところでコノ結果ですから、おそらく反対派にとっては選挙史上、類まれな成功例といっていいのではないでしょうか。この成功を実現させたのは、もちろん各派議員の方々の地道な街宣活動の結果でもありますが、最も貢献したのは、たぶん(というか間違いなく)藤井氏の言論活動だったと思われます。反対派議員たちへの理論的支柱となった意味でもその効果は絶大だったでしょう。

 それにしても橋下市長もとんでもない人を敵に回したものです。愉快な仲間たち(維新の党、大阪市顧問、そして過激なネット支持者)が数を頼んだ排斥行動をとったり、時には公党の権力を振り上げて違法な言論封殺を試みるなど、ありとあらゆる非民主的手法で藤井氏の存在を社会的に抹殺しようとしたにもかかわらず、フタを開けてみたら何と自分自身が政界から引退を余儀なくされ、おまけに苦労して築き上げた政治団体の屋台骨もずたずたにされてしまいました。たった一人の個人の学識と強い意志に逆に完膚なきまでに叩き潰されてしまったわけです。維新側は今、必死で体制維持のプロパガンダを流し始めていますが、果たして今後どう変化していくのでしょうか。

 最後になりましたが、今回の騒動は「100日」でひょっとしたら間違った世論を正しい方向にひっくり返すことができるかもしれない――という希望のようなものを与えてくれた稀有な一件でした。わりと長く生きている私ですが、こんな経験は初めてです。藤井先生のことですが世の中にはホントにすごい人がいるもので、久しぶりに脱帽いたしました。(黒猫翁)