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黒猫翁の言いたい砲弾

新聞やテレビを賑わしていることについて思ったことを書いていくページです。公開の備忘録?ですかねw

【経済】第一の矢「異次元の量的緩和」はホントに効いているのでしょうか?(3)

 前回までは、日銀の異次元緩和によってマネタリーベースを爆発的に積み上げているにもかかわらず市中のマネーストックは一向に増えず、各銀行が持っている日銀当座預金にどんどんお金がブタ積みされている――という現状をお話ししました。
 信用創造が働かなければ実体経済の“温度”は変わりませんので、その意味でいうとアベノミクス第一の矢は本来の目的としては完全な空振りだといえます。しかし、第一の矢で大きく動いた経済構造が一つあります。それは超絶ともいえる円安化、すなわち急激な通貨価値の下落です。

 

◆為替レートの推移は「読める」のか?
 ある程度年配の人は為替レートというとソロスチャートを思い浮かべます。その国のマネタリーベースと金利を関数として表された為替レートの推定式のことです。昔はかなり精度がよくて売買によく利用されていました。ところが一時からほとんど合わなくなりました。日本だとデフレ突入の時期あたりとちょうど符合しているかもしれません。その後、マネタリーベースではなくてマネーストック的なパラメータに変更した「修正ソロスチャート」が提唱されると割と一致するようになりましたが、それもつかの間・・・また推定と実績に乖離が出ているようです。最近ではビックマック指標とか購買力平価の云%以内で推移するとか色々な新説が出ているようですが、あまり的中しているものはありません。結局のところ為替に影響するパラメータが多すぎて精度のよい推定は難しいのだと思います。たとえば日銀が国債を買うと(非公開で・・・)示唆しただけで何故か次の日に為替市場が反応し円安に振れるという現象も耳にします。要するに大規模でしかも表に出てこない大規模集団(特に外国人)が緻密な情報網を張りながら、あらゆる条件の変化を即座に判断してアルゴリズム的に売買しているのではないでしょうか。そうした外人プレイヤーは当然複数存在し、それぞれが別々のアルゴリズムを持っているわけですから、なかなか学校の経済学のような美しい公式はできないわけです。
 しかし今までのところマネタリーベースを増やすとまずは円安方向に振れるというのはとりあえずの公式のようです。現在のアルゴリズムがそう作られているのかもしれません。円を増やすと円の価値が下がる――たとえ緩和マネーが日銀の当座預金でブタ積みされたとしても為替市場のプレイヤーたちが「少しの時間差で市中に出回るはず!」と判断したらやはり円は安くなるのです。

 

◆第一の矢は純輸出を伸ばしたか?
 円安になって日本経済が助かることといえば何かといえば、それはいわずとしれた「輸出」でしょう。これがおそらくアベノミクスの2番目の目的(マネーストック上昇が一番目)だったと思います。実はこの目的はある意味達成されています。下にグラフを掲載しました。

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 2002年あたりから米国需要の恩恵を受けた「いざなみ景気」で輸出がいい感じで上がり、2008年のリーマンショックでどん底に落ちたことが分かります。その後伸び悩みが続きますが、アベノミクスの実施が決まって円安が進んだ時期(2013年~)は輸出がかなりの傾きで上昇しています。ただし長期デフレの影響で海外需要に視点を移した製造業は輸出型から現地製造型に構造転換してしまっていますので(オフショアリング現象)、輸出の増加も爆発的とまではいかず、安倍内閣としてもやや期待外れだったでしょう。とはいうものの一定の輸出の伸びを実現することはできた意味で日本経済にとって嬉しいことでした。
 「輸入」のほうはリーマンショック後、「輸出」より少し低めで推移していましたが、2011年第1四半期以降、輸入単独でぐんぐん増加していきます。これはあきらかに2011年3月の福島原発事故の影響です。つまり事故発生直後から日本の発電構成が、輸入割合がほとんどゼロの「原発」から油をドカ食いする「火発」にすっかり置き換わってしまい、油の購入総量が爆発的に増えたわけです。このあたりから輸出額から輸入額を引いた「純輸出額」――これがGDPに計上されます――がマイナスに突入しています。
 さらに2013年からは異次元緩和による円安で油の購入単価自体が上昇し、購入総量とのダブル増により物凄い勢いで輸入額が増えていきます。せっかく輸出が着々と増えているのにもったいないことです。要するに、アベノミクス第一の矢で期待していた第2の目的(円安効果)は、純輸出の増加という観点でみる限り残念ながら失敗といわざるを得ません。もちろんこれは現政権が悪いというよりも、そもそも全原発の停止という世界でも稀に見る大失政をしでかした民主党前政権にほとんどの責任があると思います。

 

◆第一の矢の円安効果はなかったのか?
 純輸出が増えないことにがっかりした人は「第一の矢はやはり失敗か・・・」と自暴自棄になり、政策自体をすべてを否定しがちです。しかし円安効果はそれだけではありません。その効果が大きいか小さいかにかかわらず、偏りのない視点できっちりと評価すべきではないかと思います。

(1)輸出需要の増加による生産誘発効果
 輸出(や公共投資)をするとその企業だけではなく、原材料を供給する会社や事務所サービスを提供する会社など――関連するたくさんの会社の注文が増えて生産が誘発されます。これを生産誘発効果といい、最近の産業連関統計(2005年)では輸出の需要を1万円増やすと国内全体で生産が約2万円増えることが分かっています。
 円安が進んでいるときに、国内企業が海外への出荷数を変えず為替差益だけを享受する場合、国内製造数は変わりませんから他産業への生産誘発効果はありません。しかし、海外市場での販売価格を据え置いた場合、通常は出荷量が増え、国内での生産誘発が起こります。アベノミクス期である2013年以降の統計はまだ発表されていませんので定量的には分かりませんが、円安効果として日本経済にプラスの効果を生じさせていることは確かです。
 なお、安倍総理東南アジアなどに新幹線やインフラの輸出を推進していることは有名ですが、これなどは「純輸出」を増やすだけでなく、国内に巨額の生産誘発を生じさせるものとして注目に値します。

(2)キャピタルゲインによる資産効果
 安倍総理がしきりに主張しています。誤解を恐れず言い切ってしまえば、いわゆる株式売買による利益(キャピタルゲイン)の話です。資産効果といわれています。日本の株式は外国のトレーダーが売買の大半を占めていますが、彼らは円安になれば買い注文を増やし、円高になれば逆に売ります。ファンダメンタルがどうのこうの等ほとんど知ったこっちゃない――いわゆる「投機」を生業としている集団ですね。ですので、大まかにいうと円安になれば株価は上昇していきます。アベノミクス第一の矢で株価がぐんぐん上昇しているのはこのためです(たまに市場がアベノミクスを歓迎している云々、とかいう記事を見かけますが、あれは利害関係者のポジショントークでしょう)。
 いずれにせよアベノミクス第一の矢によって日経株価は上がっており、株式を売り買いしている人のキャピタルゲイン以下「あぶく銭」という)は増加しています。あぶく銭が増えると人はその分消費を増やすでしょう。その増加分の割合を限界消費性向といいますが、実際に日本国民はアベノミクス期で儲けたあぶく銭をどれだけ消費に回したのでしょうか。定量的に論じているものはほとんどないのですが、なんとか以下のようなページを見つけました。

https://www.mof.go.jp/pri/research/discussion_paper/ron263.pdf

 アンケートによって、「あぶく銭の2.2%を消費に回した」という統計結果が得られたとのことです。これを基にすると、アベノミクス期の消費支出の増加額4兆円のうち20%の8千億円があぶく銭の増加によるものだそうです。もちろん、これはせいぜい1万人を対象としたアンケートに基づくものですし財務省の外郭団体から公開されているものですので如何ほど信用できるか分かりませんが、当たらずとも遠からず、と考えておけばいいでしょう。少なくともアベノミクスの第一の矢によって数千億円程度の消費支出を増やしたというのは事実ではないかと思います。GDP500兆円に対するわずかなプラス効果はあったということです。
 なお、安倍総理は国民に株式投資を推奨していますが、あれは如何なものでしょう。アメリカ国民の可処分所得に対する株式投資比率は半端じゃないくらい高く、それが米国の量的緩和期の消費をある程度下支えをしたことはよく知られていますが、それを日本国民に真似させようというのはどこか間違っているような気がします。

 

◆就業率を増加させたかどうか?
 量的緩和などの金融政策は失業率や就業率を改善させるといわれています。実際のデータを見たいと思います。

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 就業者総数は大体アベノミクス期にぐんと伸びています。これをもってアベノミクス、特に第一の矢の成果だと主張する人は割と多いようです。たまたま次のようなページを見つけました。

脱藩官僚いろいろ。古賀茂明さんの「『報ステ』内幕暴露」で考えたこと | 高橋洋一「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]

 ところが本記事のグラフをご覧になると分かるように、65歳以上の就業者を除くと、就業率は政権交代とかアベノミクスの実施に関わらずまったく上昇していません。これは何を意味しているのでしょうか。
 これはちょうど団塊世代が大量に65歳になったことと民主党政権時に進めていた高齢者雇用の政策によるものです。2013年度から高齢者雇用安定法の本格施行に伴って、その少し前から65歳以上の雇用などに対する助成金制度が厚労省から続々と打ち出されてきたのが原因です。残念ながらアベノミクスには何の関係もありません。

 

◆第一の矢のまとめ
 生産誘発や資産効果はそこそこあったと思われますが、効果はやや小さすぎて現在の日本のデフレを脱却できるようなインパクトには到底届かなかったというのが現実です。雇用の上昇にも貢献できませんでした。また純輸出は期待されていましたが、こともあろうか民主党の過去の失策によって台無しにされてしまいました。もちろんこれについては改善の余地があります(今後の原発政策の行く末がカギになるでしょう)。
 しかしながら、アベノミクスの本来の目的は実体経済の温度をぐんぐんと上げ、内需の盛り上がりからデフレを脱却させようというものです。すなわちマネーストックを上昇させることがアベノミクスの神髄であって、周辺の桶屋が儲かる些末な話ばかりしていても埒があきません。アベノミクスとは本来何であったのか――それは第一の矢と第二の矢を「同時並行に進める」ことだったはずです。今日本で行われている経済政策は、(イギリスやアメリカで実質的に大きな成功を収めていないといわれている)金融政策単独の手法であって、現政権がそもそも進めようとしていたアベノミクスと似て非なるものです。(黒猫翁)